腕
職場の先輩の実家での話なんだけど、そろそろ先輩が高校受験だと言う時期、大工である親父が急遽勉強部屋だけを増築することになった。
だけど、敷地にそんなに余裕がある訳でもなく、古い井戸の入り口をコンクリで蓋をし、部屋の壁から井戸が半分突き出した格好で完成させた。
もちろん先輩は、念願である自分の部屋ができて喜んだ。
円筒形の井戸の半分が突き出しているけど、もう使っていない井戸だったし、ちゃんと蓋をしているのであまり気にしなかったらしい。
そして受験勉強に励むようになるんだけど、何時の頃か深夜二時ごろになると、背後の方から
「カリ……カリ……」
と、微かな音がするようになり、暫くすると音は聞こえなくなる。
最初の頃は気のせい程度の軽い気持ちで過ごしていたんだけど、だんだん音がハッキリ聞こえるようになって、気になり始めたらしい。
そして、音源は何処だろうと耳を澄ませて毎晩探していたんだけど、ある日、机に向かった自分の後ろに有る、井戸の中から聞こえてくることが分かった。
音源が分かった理由は、一生懸探した結果もあるんだけど、初めの頃よりも音が大きく聞こえるようになったからと言っていた。
そして嫌だなと思ったんだけど、どうして良いか分からないし、せっかく手に入れた自分の部屋が嬉しくて、怖いとは家族に言えなかった。
で、仕方なく毎晩その音に耳を澄まして聞き入るようになっていった。
更に分かったことは、音源は井戸の中で間違いないようで、
その音が毎晩「カリ……カリ……」と、登ってきていることにも気がついた。
堪らく嫌な日々が続いた。
音はだんだん上がってくるし、だけど家人に言うような決定的な証拠もない。
毎晩「カリ……カリ……」と、確実に音は近づいてくる。
先輩はラジオの音などで誤魔化していたが、やがて「ガリ……ガリィ……」とハッキリと直ぐそこまで迫っている音がするようなった。
そして最後の日、何時ものように井戸の底から音がし始め、登ってくる。
もう今日こそ入り口に音が達するかと思うと気が気でなかった。
「ガリィィ……ジャリィィ……」
音は、井戸の床から突き出した部分から鳴りはじめ、音源である何かが自分の部屋の中に居るのは確実で、
もう蓋に届かんばかりになっていた。
「嫌だ嫌だ、怖えぇ」
先輩は身じろぎもせずに耳を集中して聞き入った。
そして、突然音がしなくなり、急に静かになった。
「???」
先輩は、突然嫌な気がして後ろを振り返ると、
そこには井戸の蓋から、一本の腕だけが飛び出していた。
先輩は叫びながら部屋を飛び出し、親父を呼びに言った。
だけど戻ってきたときには腕は無くなっていた。
翌日、井戸は神主を呼んで御払いし、
水場を無闇に閉じるなとの忠告を入れ、
井戸の家から出ている半分は開けられるような蓋に変えた後は、
何の音もせず何者も現れなくなった。
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